山崎・秋山法律事務所は東京都千代田区飯田橋の弁護士事務所
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「弁護士業務雑感」 弁護士山崎馨

[2017-09-07]
弁護士業を長年営んできて感じることを、少しばかりここに申し述べてみたいと思います。

 

(1)  去る2017年7月27日の日本経済新聞の「春秋」欄に興味深い記事が出ていました。同記事によると、治安関係の月刊誌「治安フォーラム」に、国どうしが情報戦を繰り広げるインテリジェンスの世界には「鏡像」と呼ばれる落とし穴があり、国のインテリジェンスの担当者が種々の手段で相手の動きを予測するのだが、相手の姿を見極めるつもりが、浮かび上がってくるのは鏡に映った自分の姿でしかなく、結局当該担当者は自分の常識の範囲内で物事をとらえがちで、その結果相手の行動に驚くことになるという趣旨の記述があるとのことです。

 (2) このことは我々弁護士の活動の上でも大いにありうることで、クライアントから事件処理の依頼を受けて弁護士が1人でいろいろと作戦を練る場合には、あらゆる相手の行動や裁判所の判断内容を予測して、これに対処する策を練っているつもりでも、やはり自分の考えの及ぶ範囲は、ひとりよがりになりやすく、その想定しうる領域は限定的になりがちです。

    これは十分経験をつんだベテランの弁護士でもあてはまることであると思われます。また経験豊富なベテラン弁護士は往々にして、新しい裁判所の事件の取扱い方法や考え方を十分わかっていないことがあります。それ故弁護士は、その経験の多寡に拘わらず、できるだけ他の弁護士の見解を参考にして、事件処理の方針を立てることが肝要と思われます。このような作戦に参加する弁護士は経験豊富な者だけでなく、若いフレッシュな感覚を持つ若い弁護士も加わることが必要であることを、ときどき実務を処理する上で痛感する次第です。

(1) 開業したばかりの若い弁護士と話していると、そう頻繁ではないのですが、ときにはその件については最高裁の判例があるのでこうなると述べて、それが唯一絶対的な結論であるごとく考え、そこで思考を停止してしまう姿をみることがあります。これは司法研修所等で法律実務の研修をうける過程や司法試験で、最高裁の判例に忠実な事件処理方法をとる方が、他の考え方で処理するより成績が高く評価される傾向があるらしく、若い弁護士のこのような経験からするとある程度無理からぬ面があるように思われないわけではありません。

 (2) しかし、これまでの判例や法令の変遷をみてもわかることですが、世の中は常に流動しており、ある時代に常識と思われた事柄も少し時間が経つとこの常識がくつがえることがしばしば起こっています。したがって最高裁の判例も自分の頭でよく考えてみて一応変更の可能性を吟味する姿勢は常に必要であると思われます。そして自分の考え方がこのような従前の判例と異なる場合には、自らの手で変革してやる位の気概をもって事件処理に当たってみる必要があると思われるのです。要は、先例を一応踏まえた上で変革の必要性やその余地がないかを常に頭において事件処理に当たるべきであると考える次第です。

(1) よく法解釈は論理に従って行われるといわれます。これはそのとおりで、法解釈で使う論理も、物理学や数学で使う論理と基本的には同一であると思われます。しかし法解釈で使う論理は物理学や数学で扱う論理と少し異なる点があります。

 (2) その違いの一つは、法解釈は常識に則って行われなければならない点です。法解釈の場合形式論理的に正しくても、これにより常識的に考えられない結論が導かれることがあります。このような論理は、法解釈上は使いものになりません。

 (3) また法解釈上の論理が物理学や数学における論理と異なるもう一つの点は、法論理は一般の人々に理解可能な平明なものでなければならない点です。物理学や数学における論理は、非常に難解で専門家でないと理解できないようなものでも、専門家間だけで正しいと認められれば通用します。しかし法解釈上の論理は、これが世間で正当性が認知されるような平明なものでないと通用しません。これは法が世の中をコントロールする手段であることを考えれば当然のことだと思います。